スクワミッシュ川

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日本では桜が満開の4月上旬、私はカナダ〜アメリカへの出張の折、カナダで友人と釣りを楽しんだ。釣りをしたのは、カナダ西海岸の大都市バンクーバーから北へ車で一時間半程の距離にある、スクワミッシュ川という大河である。このあたりは、四年前に冬期オリンピックが開催された場所だ。
私は15年ほど前から、北米への出張の折はよくここで釣りをしている。過去、私の多くの釣り仲間たちもこの川で釣りを何度も楽しんだ。通常、海外での釣りは専門業者に依頼し高額な料金を払わない限り、なかなか実現できるものではないが、飛行機の手配、レンタカーやホテルの予約他すべて私がやるため、釣り友たちは格安料金で海外釣行が可能となる。今回同行のI氏は海外に出るのが全くの初めてということで、私が彼のアシスタントを務めた。釣りをした場所は、海から20〜30キロ位上がった所で、対象魚はドリーバーデンとニジマスだ。ドリーバーデン(ドリー)とは、オショロコマが海に下ってまた川に帰ってきた魚を意味しているが、まあ北海道のアメマスに酷似している。外見の違いはアメマスの白い斑点の代わりに、ピンク色の斑点があるという点だろうか。しかし海に下ってエサを豊富に取っているので、比較的魚体は大きく、平均サイズは50センチを超える。ニジマスも平均サイズは50センチ近くあるが、この頃のスクワミッシュ川の水温は4〜5度と低いため、低水温に弱いニジマスは本来の走りまわるという力強さをやや欠くかもしれない。釣れる魚の比率はドリーが7〜8割、残りがニジマス、そしてカットスロートが時々ヒットする。

この川には地元の本格的な釣り人が多くやってくるが、大部分はフライフィッシャーである。海に近く、ニジマスがいる川といえば、トラウトアングラーたちには、そう、あの究極の対象魚「スチールヘッド」(スチール)が頭に思い浮かぶことだろう。実際、この川にも海で70〜90センチに成長したスチールが遡上しては来るのだが、その数はひじょうに少ない。地元の釣り人もここではスチールを狙っている人が多いようだが、ほとんど釣れないそうだ。事実、過去私も含め同行の何人もの釣り仲間が頑張ったが、釣りあげたのは15年前のフライフィッシャーたったの一人である。15年間、我々のここでの釣行日数は延べ100日を越えるが、100日以上釣ってわずか1匹しか釣られていない。

実はもう一人、9年前にルアーマンが掛けたが、一瞬のうちにラインブレイクで終わってしまった。冷静に判断すると、あの九頭竜川でのサクラマス釣りの数倍くらい厳しいのではないだろうかと思う。ということは、まあ、ほとんど釣れないので、この川では最初から仲間たちはスチールが掛かるとは思ってはいないのだ。というか、スチールとは世界のどの川に行っても、このくらい釣れない魚なのかもしれない。もちろん、スチール釣りで有名なカナダのスキナー系の川へ行き、ガイド付きのボートで釣ればそこそこ釣れるだろうが…。実際私は14年前、スキナー系川でフライにより二匹釣った経験がある。今回も同行のルアーマンであるI氏に「スチールが来るのは文字通り、万一である」と事前に話しているので、本人もスチールは対象魚から外している。しかし、万一に備えてタックルは強力なものにはしている。

スクワミッシュ川での釣りは始まった。大きな川は、雪を多く抱いた山々に囲まれてとても美しい。天高く青空は広がり、雪山を見ながら、太い流れの中で釣りをする。人工物は何もなく、ここは古代から何も変化していない、ずっと同じ風景なのではないだろうか、と思ってしまう。典型的なカナダの大自然の中という雰囲気だ。

しばらく運転をしながら川の様子を見た後、I氏が、「ここでやろうか」というので、崖になっている場所から始めることにした。I氏は10センチを超えるミノーを投げるとすぐ当たりがあり、60センチ位のドリーが釣れた。とても幸先がよい。どうもここにはドリーがたまっているらしく、次から次へと釣れた。I氏はたくさんの写真を撮り、笑顔が絶えなかった。ドリーもサクラマスと同じくムービングフィッシュなので、ある程度群れになって遡上し、ところどころに群れになって溜まっていることが多い。よって、その群れに遭遇すれば、時には入れ喰いになることもある。
初日はたくさんのドリーが釣れて、I氏は満足そうであった。私はここでは過去何回も釣っているので、I氏のガイド役をやりながら自分も釣るというスタイルを実行している。

私は過去ここではフライでしかやっていなかったが、今回はルアーも試してみることにした。ドリーは基本的に底でヒットしてくるし、このような大きな川ではルアーの方が圧倒的に有利だ。フライだとなかなか底に流すことは難しい。私は7フィートのヘビーアクションロッドのグリップ部分を長く改造して7フィート半にしたロッドに、12ポンドのナノダックスのラインを使用している。このロッドの長さは、ドリーには問題ないが、超大物のスチールがきたら、やや短く、おそらく対応できないと思うが、まさか来るわけはないと思うので無視している。私は釣具に関して、アメリカの通販会社からの直接購入を長い間好んでおり、このロッドもそこで買った、たった一万円の安物である。

肝心の使用するルアーだが、私のルアー釣りは1ポンドのタスマニアデビルに限られているというたいへんマニアックな?釣り方だ。カラーも一色限定である。1ポンドデビルでしかも限定のカラーで釣りたいとう、理不尽な?釣り方なのだ。実は17年前、九頭川でこのデビルを使いサクラマスを釣ってしまった私は、ルアーといえばほとんどこの釣り方しかやらない。別にこだわっているつもりはないが、ただ、デビルが好きなだけである。しかし残念ながら、ここでは川の流れは重く速いため、ちょっとデビルでは釣りにならない。よって、今回は時々使う1オンスのジグを主に使うことにした。ジグはすぐ川底に沈むので、この川には適切だと思う。このジグも海外通販で買ったものだ。定価は300円と安いが、昨年はバーゲンセールで売っており、私は100円で大量に買い込んだ。色は二色しかないが、私は本来フライもルアーもカラーにはあまりこだわりがなく、何でもよいのだ。

ドリーバーデン

——————-ドリーバーデン——————-

一万円のロッドに100円のルアーでは、憧れのカナダの魚たちに失礼だろうが、まあいいかと思った。
三日目の午前中、私はI氏の上流50メーター位の位置から釣り始める。アメリカの通販セールでたまたま購入した1オンスのスプーンを最初キャストしたが、なかなか底に沈めることは難しいと私は判断したので、ジグに交換した。
ジグを使って、二投目。

対岸近くにジグをぶん投げる。強い流れにジグをナチュラルドリフトさせて、やや緩い流れまでもってくると、私はしゃくりながら流し始める。
間もなく、ジグに鈍い当たりがあった。

私はロッドを合わせると、魚は急に暴れだす。
強い引きだと思った瞬間、魚は猛烈に暴れだした。
私は瞬間「これは過去最大のドリーだな」と判断する。多分、70センチは超えていると思う。
しかし、私は「なんでこんなに引くの」と思うとなぜか笑えてきた。
ドリーは私の方に向かってきたので、私は笑いながらリールを急いで巻く。I氏が釣りをやめて、私の方に走ってくるのが見える。

私は、「確かに大物だが、別にドリーだからこちらにこなくてもよいのに…」と思う。また、ドリーのスレ掛かりかな、とも思ったのだ。

魚は私の近くまで来る。と、急に猛烈な勢いで走りだした。
「ジジ、ジジー!」ステラ4000番のリールが逆回転する。
ものすごいパワーだが、リールのドラッグは強めに締めているので、何とかこれを持ちこたえた。すると、ドリーは我々のすぐ近くまで来た。
「スチールだ!!」とI氏は大声で叫ぶ。
「??」
「いや、スチールじゃあなく、ドリーでしょ」と思う。スチールはもっと川の中を一気に突っ走るものだ。

そして、「ドリーのスレだよ。恥ずかしいなあ」と私は叫ぶ。

スチールなんか絶対に来るわけがない、と私は決め込んでいる。
魚は足元近くまで来ると、私はドリーの体に赤い線が走っているのを確認し、そして体の上半分に黒い班店が多数見えるのも確認した。体長は80センチを超えているように見える。
ドリーは、な、なんと、スチールヘッド様に変身していたのだ!

私の勘違いだった!
私は何が何だかわからないが、ここは頑張らなきゃ、と気合を入れなおす。変身したスチールヘッド様は私の右に走りだす。しかし、しかし、そこには倒木が見える!
「やばい、これにラインが絡んだら一発で切れる!」
私は左に走り、リールを巻き何とかスチールを倒木にいかせないようにする。
私がリールを速く巻いた瞬間、魚は一気に走った!

その時、ロッドに魚の抵抗感は消えた。

この倒木が…

——–この倒木が…——–

I氏は「切れた!」と叫ぶ。
痛恨のラインブレイク…。
スチールヘッド様は、また元の川深く、泳ぎ去ってしまった…。

川の向こうの残雪が美しい山々が、なぜか私の目に飛び込んできた。
私は冷静だった。

私は、「まあ、いいか」と思った。

スチールが来るとわかっていれば、もっと長いサオを使っただろう…。でも、かなりファイトを楽しむことができたし、スチールと確認できたから…。

私の人生で、これが最後のスチールヘッドとの遭遇であろう。
まさか来るとは思わなかった、究極のスチールヘッド様。私の1万円の安ロッドと100円ルアーによくヒットしてくれたと感謝しております。

その後釣りを続けたが、私にもI氏にも、スチールはもちろん二度と反応しなかったことは言うまでもない…。