S川

私が北海道で釣りをはじめたのは1990年である。もう四半世紀以上前のことになる。当時、テレビドラマ「北の国から」を見たら、北海道の美しい景色が頻繁にでてくるが、私は「多分、あんな美しい景色なんかそんなにあるわけがないよね…」と思いこんでいた。

ところが、仕事の出張で北海道に行った時、「北の国から」以上の景色がそこかしこにあり、その美しさにすっかり魅了されてしまった。その中でも、とりわけアングラーの私には、北米のように落差のない川の渓相が気にいった。岸からいきなり川になっていて、ゆったりと平野を流れている。そんな川が多い。

1990年八月の終わり。たまたま車で通った橋から見たS川の流れが、私のハートを打った。だいたい、本州の渓流は落差が大きく岩も多く、私の好きなウェットフライフィッシングには不向きである。ゆったりと、さあっと流れる川の中に大き目のウェットフライを流す釣りが大好きなのだ。S川はまさに私のお気に入りの川だった。

仕事が終わった夕方にS川に入渓してウェットを流すと、アメマスがよく釣れた。

以来、なんとこの川に私は28年連続釣行している。北海道在住の方でも多分、これほどしつこく通っている人はいないのではないか。

対象魚は主としてアメマスで、ニジマスも時々釣れる。あまり知られていないが、この川では最近イトウも良く釣れる。長年私はこの川でフライフィッシングをして多くの魚を釣ってきたが、正直大物を釣ったことはない。数年前、62センチのイトウを釣った以外は、50センチ未満の魚ばかりだった。

昨年もDTLの常連さんと二人で釣りを楽しんだ。常連さんはルアーで長良川のサツキマス釣りをしている方で、渓流釣りのベテランである。

我々は、私が一番のお気に入りポイントにまず入った。川幅はだいたい50mくらいあるが、川の半分近くは深くなって石も多くあって、いかにも魚がいそうなポイントである。

常連さんの数投目に、いきなりガツンと大物がきた。一瞬、私は50センチオーバーはあると思った。ロッドは大きくしなって、激しく上下している。

銀色に輝いた魚体が見えると、私は「イトウだ!」と絶唱。「大きい!大きい!落ち着いて!」と叫ぶ。

落ち着かなきゃいけないのは、私だろう。

その後、数分のやり取りの後ランディングに成功した。計測すると、ジャスト60センチのイトウだった。口の中の鋭い歯がいかにもイトウらしい。

私は「イヤー、まいったなあ。こんな魚は釣れませんよ」といいながら、常連さんと握手。

写真撮影を終えた後間もなく、またもや常連さんは50センチのイトウをキャッチ!

私は複雑な気分になってきた。

私はこの川で四半世紀釣ってきているが、数年前やっと60センチを越える魚を釣ったのに、この方は人生初めてのこの川で30分くらいの間で60と50センチを2匹も釣っている。いったい私の四半世紀は何だったんだ…と思う。たしかにフライとルアーの違いはあるが、それにしても神様は不平等だ(笑)。

結局彼は、この川で60センチを頭にたくさんのイトウとアメマスを釣った。ガイド役の私としては全く満足いく釣果だった。まあ、釣りはこんなものかと思いつつ、少しだけ割り切れない私だった…。

それから約三ヶ月が経った、9月のある日。再び私はこのS川で一人釣った。やはり、なんとしても私はこの川で大物を釣りたかったし、その可能性は低くないと読んでいた。

が、6月のように魚の活性は高くなく、結局何のあたりもなく終わってしまった。

午前中の早めに釣りを終え、私は常宿しているホテルで一人ランチを楽しんだ。食べ終え、フロントで会計をしていると、従業員の方が、

「私、先週S川で80センチのイトウを釣ったんですよ!」笑顔で言った。そして、

「S川ではほとんど釣りをしたことはないんですが、いきなり超大物でラッキーでした」と言いながら写真を見せてくれた。

私は憂鬱な気分に陥る。

「いったい、S川での私の四半世紀はなんだったのか…、汗+笑」

某湖 1

S川に続いて、私は2000年頃から北海道の某湖に入れ込んでいる。とりわけここ数年はこの湖のインレットで集中的に釣りをしている。八年前の9月はじめに、3時間でフライにより40センチオーバーを25匹も釣って以来、ますますこの湖に魅了されている。

七年前の6月中旬、私は若手のルアーマン二人とこの湖のインレットで挑戦した。同行のF氏とI氏の二人はいずれもフィールドでの経験は豊富で、かなりのレベルである。某湖に来る前S川で二人は釣ったが、I氏は50オーバーのイトウを筆頭にたくさん釣れて満足していたが、F氏は不調で大した釣果を得ることできなかった。

車を林道において、急な崖を100mくらい下りて湖の護岸に着く。

インレットはかなり増水しており、湖と川の中間のような状態である。私はフライ、二人はルアーでさっそく釣り始まるも当たりがない。そのうちI氏が小さなニジマスを釣って苦笑している。F氏は私の隣で釣っているが、やり始めて小1時間も経った頃だろうか、まあまあのサイズのニジマスかサクラマスがルアーを追ってきて、後一歩のところで魚はUターンしてしまった。

「あー、残念だったね…」と笑顔で互いに顔を見る。

そのうちF氏は我々から離れて上の方に行った。そこは100mくらい上流で私も始めに覗いてみたが、とてもフライでは攻められそうもないので、パスした。そのあたりは完全な川となっており、かなり流れが速くポイントも少なくバックも取れないのでフライでは無理だった。

F氏は一人離れて釣り、I氏と私は近くで釣りを続けたが我々の位置からはF氏の姿は見えなかった。

それから30分くらいが過ぎただろうか。

いきなり、「どっかーん」と何かが川に落ちたような音がした。

私は一瞬、F氏が川の中に落ちてしまったのかと心配したが、まあそんなことはあるまいと思って釣りを続けた。隣のI氏はその音に関心はなさそうで、釣りに集中している。その直後、最初の音よりは小さいがまたしても川に物が落ちたような音がした。

音がしたあたりの川岸は2~3mくらい盛り上がっており、時々土が川の中に崩れ落ちて大きな音がするので、私はその音だとかってに解釈した。それにしては音が大きすぎるような気がしたが…。

それから10分くらいが過ぎた頃だろうか、F氏は土手の上から我々を呼んだ。見れば、彼は両手で大きな○を作っている。

私とI氏はその○を見るや否や、フライとルアーを引き寄せ、そして全力で走る!走る!

F氏のところまでたどりつくと、そこには大きなブラウンがいた!

「おおー!」二人は叫ぶ!

見れば、いかにもいかつい顔をしたブラウンで口の中には鋭い歯が見える。体には茶色と紅い斑点があるが、全体的に色は薄く金色がかっており、いかにも回遊型のブラウンの印象を受けた。まあ、シートラウトに似ているのかもしれない。

サイズは62センチだったが、なにか太古の魚のような雰囲気があり、サイズを遥かに超えた迫力がある。

I氏は言う。「S川ではたくさん釣ったけど、そんなものこのブラウンの前では比較にならない。やられました…」

私もまったく同感だった。

私が聞いた最初の音は、F氏が流れの中でブラウンを掛けた直後、魚は激しく水面で暴れたその音だったのだ。二回目の音もそうだったようだ。

それから三人は釣り続け、翌日は阿寒湖に行ったが当然このブラウンを超える魚は釣れるはずもなく、終始この魚の話で盛り上がったのだった。

某湖 2

前述の通りF氏がS湖で素晴らしいブラウンを釣り上げた二年後の、四年前の五月。私とF氏は再度このS湖で挑戦した。

早朝5時に二人は護岸に到着する。今回はインレットではなく、まず本湖からやってみることにした。車を置いて、護岸まで10分くらい歩くと大きな湖が広がっている。早朝ということもあり、無風でひじょうに静かだ。その場所は車からアクセスが楽で入りやすい場所なので、私は頻繁に釣りをしているが、あまりよい思いをしたことはない。

まず、遠浅になっている場所から釣り始めることにする。そこには切り株がところどころにあり、これを注意しなければならない。私はまず、F氏に「どうぞやってね」と言い、場所を譲る。

その二投目。F氏の大きなミノーに派手なあたりがある。数十m先の湖面はがばっと揺れて大きな音がする。

瞬間、大物だとわかる。F氏のロッドは大きくしなり、リールは逆回転している。しかし逆回転のストロークは短く、「これは、アメマスだな」と思う。ニジマスであればもっと逆回転は長く続くはずだ。

私は「大きいね」と言うが、私の判断ではまあ60センチ前後かなと判断した。この湖で釣れて来る魚はアメマスが多いのだが、ブラウンも時々釣れるので、私は「ブラウンかも!」と叫ぶ。

魚はかなり岸際に来たが、再び沖の方へと走る。F氏はがんばって対応している。再度こちら側に魚は寄ってきたが、またしても沖へ行ってしまう。

私は、「そうか、F氏は釣りをエンジョイしてるんだ」と思った。確かにそうでしょ、仕事を何とか休み、はるばる高い運賃を払って飛行機に乗って北海道まで来たんだ、エンジョイしなきゃ損だよねと思う。

しかしそれにしてもF氏は時間をかけている。私は「もう、ランディングしたら!?」と言うと、

「いや、引きが強すぎてだめだわ」と叫ぶ。

そうか、魚が大きいからF氏は必死になってるんだ。エンジョイするどころの騒ぎではないのだ。

何分かした後、ようやく魚を護岸にランディングすることができた。金色がかった薄い色のボディには、茶紅色の斑点が見える。

一瞬、私はモンスター(70オーバー)ブラウンだと思った。

いや、でかい。こんなサイズのトラウトを国内で見るのは初めてだ。

メジャーを取り出し早速、計測。

何度も測ったが、惜しくも70センチには届かず、モンスターとはならなかった。69センチ。まあ、ほぼモンスターと言っても良いかもしれないが。あと1センチは次のお楽しみといったところか。

某湖 3

四年前の6月の中旬、いつものとおりこの湖のインレットで釣りをやった。最近私はルアーにはまっており、近頃この湖ではルアーでやることが多い。やはりフィールドの湖ではフライよりルアーのほうがかなり有利だ。

私のルアー釣りのシステムはは極単純で、7ft半~8ftのヘビーアクションのロッドに14LBのナノダックスのラインを使用。実はそれまでは12LBを使っていたが、カナダでスティールヘッドに切られてからは、14LBに替えている。ルアーは1オンスのタスマニアデビルか、1オンスジグと決まっている。とにかく、超大物に対応するタックルなのである。小物は一切眼中にない。ルアーの色に関してデビルは一色、ジグは二色だけである。必然的に、ルアーボックスには常に6個前後のデビルとジグしか入っていない。まったく軽くて楽である。

北海道といえば釣り人にとって脅威なのは、やはりヒグマであろう。本州のツキノワグマとは桁違いに大きく、襲われたらとても抵抗できる相手ではない。この湖でも時々ヒグマは目撃されており、とりわけインレットまで行くにはいかにもでそうな雰囲気の場所を通らなければならない。いつも鈴を鳴らしながら森を通るが、不気味で不安な気分になる。

この湖はダム湖なので、水位の変動が激しく、その時でインレットの状況はかなり異なる。その日は川が流れ込んで、本湖になるまでの150mくらいがいかにも釣れそうな雰囲気となっている。川幅は30mから70mくらいだ。私は直感で、先行者がいなかったら絶対釣れるだろうと思った。

案の定、次から次へと釣れた。ルアーを対岸に投げて、アクションを与えながら流すとガンガン魚は当たってきた。40センチオーバーのアメマスがたくさん、40センチ前後のニジマスが数匹、30~40センチのサクラマス数匹をキャッチした。

結局、25匹のトラウトが釣れた。サイズはほとんどが40オーバーだ。

一日おいたその日も、このインレットに入った。何せ場所が限定されるので、先行者がいればもうおしまいである。心配したが、この日も先行者はいなかった。

今回は、フライとルアーの両方で釣ってみることにした。まず、ルアーを流すと、れいによってトラウトたちはガンガン来る。次から次へと釣れて、ひと流ししたところで、フライにチェンジする。8番ロッドにタイプ4シンクティップ。1Xのティペットの先には4番のウェットフライを付ける。まあ、このシステムならモンスタークラスがきても充分対応できるはずだ。(しかし、四半世紀で一度も対応したことはないが…)。

カラフルな派手目のウェットを流すと、これまた次から次へと当たってくる。入れ食いとはまさにこのことだ。

インレットの終わりまで流すと、もう一度戻って今度は反対側からルアーで攻める。ほとんど同じ場所を流すので、さすがにあまり当たりはないのかなと思うと、これまた入れ食いとなった。

結局、3時間前後やってアメマス、サクラ、ニジが32匹釣れた。もっとやれば更に釣れるとも思ったが、この辺でやめておくことにした。40センチ以下も何匹が混じったが、その多くは40オーバーだ。最大は55センチのアメマスだった。念願のモンスター(70オーバー)は釣れなかったが満足できる釣りだった。私のトラウト釣り史上、一番の好釣果だったかもしれない。

何も考えることなく、どんなルアーやフライを流しても多分誰でも簡単に連れるような釣りは面白いか、と問われれば疑問だ。しかしまあこんな入れ食いの釣りもめったにあるものではないのでたまにはよいだろう。

車まで帰る途中の森の中で、私は明らかなヒグマの足跡を見た。数日前に通ったと思われる。「うあー、怖い…」

大安トラウトレイク

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